三国志演義後半の武将物語

三国志演義の後半(孔明死後)の物語、活躍した武将たちの解説、三国志ゲーム、三国志にまつわることを気ままに書きます。

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三国志魏(晋)の武将

鐘会 part3 小物臭全開!鄧艾を出し抜け!

どうも!
諸葛菜です!

南鄭関を破ったところで終了しました。

 

part3は諸葛亮が霊験をあらわし、蜀の民を守ったというエピソードから始まりますが、前回諸葛亮の記事で書きましたので割愛。諸葛亮の霊波をキャッチした鍾会もまたニュータイプ。ただの電波野郎ではありません。

諸葛亮孔明 死してなお、蜀の民を守る英雄

百度:鍾会より

 

 

諸葛緒を確保、鄧艾に喧嘩をふっかける

鍾会は剣閣の25里手前まで迫ります。そこへ、諸葛緒が謝罪に出頭。姜維に陣を奪われたことを謝りますが、

「わしは貴様に、陰平の橋の渡り口を固めて、姜維の退路を断つよう命じておいたはずだ!なぜ取られたのか!しかも今度は、許しも得ずに兵を進め、また負けてきおったのか!?」

諸葛緒 鄧艾の部下 俺の愛車は囚人車(涙) 死亡年ははっきりしてるぜ!

ムムム・・・許儀の時と同じか!?
鍾会が怒って首を刎ねるよう命じますが、監軍の衛カンに止められます。諸葛緒はあんたの部下じゃなくて、鄧艾将軍の部下。ここで諸葛緒を殺したりしたら、味方同士の不和の元になる。だから、やめるよう進言します。

が、

「わしは天子の詔を奉じ、晋公のご命令を受けて蜀を討ちに参ったのじゃ!たとい鄧艾であろうと、罪を犯せば斬り棄てるまでだ!」

と、諸葛緒のボスの鄧艾まで殺しちまいそうな勢いです。

諸将がこもごもにとりなしたので、処刑はしませんでしたが、諸葛緒を亀甲縛りに縛り上げ、囚人車にぶち込み、洛陽までカンガルー便の着払いで送還と、変なところでワイルド。

ひでえ・・・。

それにしても、鍾会さんも人の使い方が下手なのか、選んだ武将の能力が低いのか、適材適所に人を配置するのがいまいちやね・・・。(^^ゞ

 

姜維を降参させる

この鍾会の勝手な振る舞いに怒ったのは、当然諸葛緒の上司鄧艾。お供15,6騎を連れて、鍾会の陣営に様子見にいきます。ビビリの鍾会は、左右の者に、

「と、とと、鄧艾の共はど、どれほどおるのじゃ!?(・Θ・;)」

「わずか15、6騎でござります(汗)」

すぐさま屈強の者数百人を陣の内外に並ばせる。
小せえ・・・小せえよ、鍾会!夏侯咸らに言われたことがまだ解ってねえようだなっ!

鄧艾は山を越えて蜀の首都へ攻め入ることを鍾会につげました。鍾会は喜んだ振りをして、

「それは至極の妙計!これよりただちに打ち立っていただきたいものでござる。それかし、ここで勝報をお待ちいたしましょうぞ」

さらに、鄧艾は知恵者だというが、ただの馬鹿者であると切り捨てました。

いわく、

「陰平よりの間道は、そそり立つ山ばかりじゃ。もしかしこの難所に百人余りの蜀勢がおって、退路を断たれたらどうするつもりか。鄧艾の手勢は一人残らず餓死するばかりではないか。わしはあくまで正面より進む。蜀をやぶれぬはずはない」

鍾会は雲悌や石火矢を使い、剣閣を息もつかせず攻めたてた。すったもんだで、鄧艾が蜀の首都成都を陥落。劉禅を降服させました。剣閣を守る姜維も降参。鍾会は姜維の降参をことのほか喜び、

「伯約!なぜ今頃までぐずぐずしておったのか!?」

馴れ馴れしいわ!∑(゚Д゚)

さて、鍾会は姜維とどう共闘するか!?

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